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元旦の由来とは?日本人なら知っておきたい!

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もういくつ寝るとお正月♪一年って早いものですねぇ!

ところでお正月には必ず耳にする『元旦』という言葉。何気なく使ってますがその意味や由来をご存知ですか?

『元日』や『お正月』とは何が違うの?

ということで今回は『元旦』について勉強しましょう!

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元旦の意味は?

「元」という漢字は「冠をつけた人」の象形文字(絵文字)から生まれ「物事の始まり」を意味します。そして、「旦」という漢字は、「地平線から昇りつつある太陽」を表しています。つまり、朝、夜明けという意味があります。

元日とは、物事の始まりの日=1月1日を意味し、それを知っておくと、「元旦=11日の朝」であると覚えやすいのではないでしょうか。

ただし、古くから元日の意味でも用いられており朝に限って使われる言葉ではありません。

また、1月1日の元日から3日までを「三が日」、さらに7日までを「松の内」と呼んでおり、この期間を正月と定めています。

地方によっては1月20日までを正月とする場合もあるようです。

このように、とても身近で慣れ親しんだいたはずの言葉の意味を実は少々間違えて捉えていた、という事は多々ありますが、一年の始まりである正月、元日、元旦についてはしっかりと正しい意味を知っておきたいものですよね。

 

元旦っていつから始まったの?

ここでは『元旦』をお正月の一部ととらえお正月の歴史を紹介します!

お正月と言えば、門松や鏡餅を飾ることをイメージされる方もいると思います。ですが、お正月でこうしたものが飾られるようになったのは江戸時代の頃からでした。

この時代になると、一般庶民でも門松や鏡餅を手軽に入手できるようになったので、このような慣習が定着したのです。

その一方で、平安時代の後期には、お正月の時期に家の前に松を飾る習慣が成立していたと言われています。

これが鎌倉時代になると、京の都の元旦の都大路には多くの門松が連なり、華やかな様子であったと「徒然草」の作者、吉田兼好は記しています。少なくともこの頃には、新年を皆でお祝いする風習は成立していたのでしょう。

年賀状に関しても、中世から近世を通して飛脚が発達すると共に送られる頻度が増えていったと考えられています。江戸時代の中頃には、江戸の街の書状を配達する「町飛脚」という職業も誕生しました。

この頃になると、庶民が年賀状のようなもの、つまり新年の挨拶を手紙に載せて送り合っていたと考える事ができます。また、おせち料理が幅広く食べられるようになったのも江戸時代なんです。

元は朝廷内で食べられていた料理を大衆が取り入れたのが始まりと言われ、やがて1年の中で最も重要なお正月に食べる料理へと発展させていったと伝わっています。

ちなみに当時の人々はこの料理を「食積、くいつみ」「蓬莱、ほうらい」と呼んでいました。「おせち料理」という名称が使われるようになったのは、戦後だと言われています。

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除夜から元旦は寝ない?

江戸時代には、庶民は大晦日の晩は寝なかったようです。

寝ないから『除夜』と呼ぶのだとか、「夜を除く」と書くからのようで、『年の夜』『年越し』とも呼ばれていました。「除」という文字は「除く,押しのける」という意味で,「除夜」は「古い年を押しのけて,新年を迎える夜」という意味がありました。

除夜の鐘と共に「年越し蕎麦」を食べ、初日の出を待って『新年の初めて上がる日』を拝んだのです。一夜寝なかったので、元日はひたすら眠って二日から正月行事を行ったようです。

江戸時代中期頃には『初夢は二日の晩の夢』とされたようですが、「大晦日の夜から元日の朝かけて見る夢」「正月元日の夜に見る夢」と諸説あるらしいですよ。

庶民の正月の過ごし方とは違い、除夜を行わない武家や公家では元旦から儀式があって休めなかったようですし、天皇は四方拝をされ、元日節会で宮中や殿中に出仕したとか。庶民の正月のほうが、近年の形に近いようですね。元旦と除夜は切り離しては考えなかったのでしょう。

 

最後に

いかがだったでしょうか。

今回は、「元旦」を初め「元日」「正月」の意味や歴史などについて紹介しました。皆さまが新年をむかえるにあたり少しでもお役に立てれば幸いです。

よいお年をお迎えください。

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